郷愁漂う古都コインブラー伝統ある大学と自然豊かな川辺を訪ねる

リスボン、ポルトに次ぐポルトガル第三の都市コインブラ。他のふたつの都市と比べると街の中心には緑が溢れ、雰囲気はとてものどかで、落ち着いた印象の街です。

繁華街近くには、ポルトガル最高峰のあるエストレーラ山脈を源とする肥沃な「モンデゴ川(Rio Mondego)」が流れ、丘の上にはヨーロッパ最古の大学の1つである「コインブラ大学(Universidade de Coimbra)」があります。

旧大学と現役のキャンパスが建ち並ぶエリアを「アルタ(Alta=高い)」、今でも様々な商店が並ぶ、川に近い下町エリアを「バイシャ(Baixa=低い)」として2つに分けています。

大学が始まる10月には、ポルトガル国内からはもちろんのこと、世界中から学生たちがこの街に集まります。夏の間は学生たちがいなくなった寂しさを忘れさせるかのように、サマーバケーションを楽しむ多くの観光客で賑わいます。

大学と共に歩んできたこの街は、学生だけではなく住人たちも730年以上続くコインブラ大学の存在に誇りを持ち、普段から様々な国籍の学生を見かけることから、街中や商店でも優しく迎え入れてくれて、素朴で親しみやすさが特徴な街です。

大学だけには留まらないコインブラの魅力をたっぷりと、全2回にわたってご紹介していきます。

歴史と概要

コインブラは、ポルトガル初代国王ドン・アフォンソ・エンリケス(D. Afonso Henriques)によって最初の首都に選ばれました。(1255年まで)日本の京都にも似た歴史と伝統を感じさせる街並みが魅力的です。

コインブラの歴史の転換点は、711年からのイスラム勢力のイベリア半島進出に始まります。地理的利点からイスラム統治下には、要塞の役割も担う宮殿が築かれ、何世紀にもわたって発展し続けました。今でもその城壁の名残があります。

街の中心部にある玄関口「アルメディーナ門(Arco de Almedina)」に名付けられているように、イスラムの言葉で「街」を意味する「アルメディーナ(Almedina)」がイスラム支配時代の面影を残しています。(ポルトガル語でal-が頭に付く単語は、イスラムの言葉に由来すると言われています。リスボンのアルファマ(Alfama)など。)

イスラム時代の宮殿は、後に最初のポルトガル王朝の王宮になります。

肥沃な土地に恵まれ、要塞に守られた街には多くの有力者や聖職者が定住するようになり、コインブラは12世紀に黄金期を迎えます。国王ドン・アフォンソ・エンリケスは、教会の建設やイスラム支配前のローマ時代起源の水道橋や噴水、通りなどの再整備に力を入れ、文化的都市へと成長させたのです。

13〜14世紀には、政治的・軍事的拠点と商業拠点の対立を統合することに成功し、街はユダヤ人居住区、旧市街、新市街に分けられました。

1290年創設のコインブラ大学も、その所在をリスボンに定めたり、またコインブラに戻したりを繰り返しますが、ようやく1537年にコインブラに落ち着くことになります。

18世紀に入って、リスボン大地震(1755年)の再建を任されたことで知られる宰相「ポンバル侯爵(Marquês de Pombal)」の大規模な教育改革によって、コインブラ大学は学部新設や高度な教育カリキュラムが確立され、名実ともに国内最高峰の大学になりました。

サラザールの独裁体制下では、1940年代に低所得者向けの住宅エリアが、80年代には新興住宅街が整備されるなど、近代化が一気に加速します。

実はコインブラにも1911年から1980年までの間、リスボンで見かけるような市電が走っていたんです。今でもモンデゴ川沿いにあるコインブラ水道局には車両が、通りには線路の跡が残っています。

2013年のユネスコ世界文化遺産選定以来、コインブラには以前にも増して多くの観光客が訪れるようになり、歴史ある大学で学ぼうとする学生たちで街は活気に満ちています。

コインブラの街は、単に「大学のキャンパスがある街」ではなく、大学の伝統や文化、特に学生たちが生み出した歌(ファド)や習慣(お祭り)などが街の歴史の一部にもなっている、独特な雰囲気を秘めています。

基本情報

まずはコインブラへのアクセス方法と所要時間の紹介です。この後に紹介する見どころのスポットの基本情報は、それぞれの紹介欄をご覧ください。

アクセス

アクセス難易度:★☆☆
★☆☆…簡単!ポルトガル観光定番スポット
★★☆…やや難。大都市からちょっと足を伸ばして
★★★…奥地。電車やバスを乗り継いで

コインブラはリスボンの北約200㎞に位置し、「娯楽の街リスボン」「商業の街ポルト」に次いで歴史ある「大学の街コインブラ」として知られる、定番の観光地です。

リスボンまたはポルトからバスや鉄道1本で行けるため、アクセスも良好。中部地方観光の玄関口として、世界遺産の街としても人気を集めています。

リスボンからのアクセス

・バス:リスボンの地下鉄ブルーライン(Linha Azul)のジャルディン・ゾロージコ(=動物園という意味。Jardim Zoológico)駅隣接のセッテ・リオスバスターミナル(Terminal Rodoviário de Sete Rios)からコインブラバスターミナル(Terminal Rodoviário de Coimbra)までおよそ2時間30分(ヘッジ・エクスプレス社(Rede Expressos)の定期バス、片道約15~20ユーロ)

HP: Rede Expressos (最新の運行状況や時刻表はこちら)※現在、HPメンテナンス中。

※ジャルディン・ゾロージコ駅は地下鉄ブルーライン(Linha Azul)が通っているので、同じ路線が通るリスボン中心部のロッシオ(Rossio)駅からレボレイラ(Reboleira)駅行に乗車するのが分かりやすくて便利です。サンタ・アポローニア(Santa Apolónia)駅行は反対方向になるので、間違わないように注意しましょう。

バスは長距離バスなので、終点はコインブラではなく、北部のポルトやブラガ行などがほとんどなので、乗り過ごさないようにしましょう。

コインブラのバスターミナルは中心部近くにあるので便利です。

・鉄道:リスボンのサンタ・アポローニア(Santa Apolónia)駅または、オリエンテ(Oriente)駅からコインブラ(Coimbra)駅までおよそ2時間~2時間30分(ポルトガル国鉄(Comboio de Portugal)の特急(Alfa Pendular)または準急(インターシティー、Intercidades)片道20~24.10ユーロ)

HP: ポルトガル国鉄(最新の運行状況や時刻表はこちら)

※サンタ・アポローニア駅には地下鉄ブルーライン(Linha Azul)、オリエンテ駅には地下鉄レッドライン(Linha Vermelha)が通っています。

※コインブラには鉄道の駅が2つあります。特急と準急は、終点のコインブラ駅手前のコインブラB(Coimbra-B)駅までしか行きません。より中心部に近いコインブラ駅にはB駅から普通列車(追加料金なしで、接続できるようになっています。)に乗車するか、B駅前のタクシー乗り場からタクシーで中心部に向かう2つの方法があります。(タクシーは、ポルタージェン広場(Largo da Portagem)まで約7ユーロ。)電車の方が、街中の混雑を回避できるのでおすすめです。

<補足情報>

コインブラまでは普通列車(Regional)も運行していますが、停車駅が多く約3時間半かかります。約1時間に1〜2本の間隔で、特急か準急が走っているので、こちらの方がより速く快適にコインブラに着くことができます。バスと同じくコインブラが終点ではないので乗り過ごさないようにしましょう。

観光の所要時間

コインブラ中心部(コインブラ大学):1日

リスボンとコインブラを結ぶバスや鉄道は本数が多く、日帰りでも訪れることは可能です。ただし、コインブラはリスボンとポルトの中間地点にあるので、リスボンあるいはポルト観光への途中に立ち寄りやすい場所です。(ポルトからコインブラまでは、鉄道でおよそ1時間、バスでおよそ1時間半。)

せっかくなら、大学以外にも魅力的なスポットがたくさんあるコインブラで1泊して、翌日に他の街へ移動するというプランはどうでしょうか?

コインブラは日本でいう地方都市にあたりますが、ローマ人の残した遺跡やイスラム支配時代の名残、市内を流れるモンデゴ川の豊かな自然など情緒溢れる街です。中部地方の特産品や郷土料理など、ここでしか出会えないグルメも必見ですよ。

午前中にコインブラ大学(旧大学部分)を見学。午後は商店が並ぶバイシャエリアやモンデゴ川沿いにあるレストランやカフェでのんびり過ごしたり、街中の教会や対岸の修道院を見学したり、楽しみ方は無限にあります。

コインブラ周辺には水の都アヴェイロなど、魅力的な街が多いので、ここを拠点にゆっくりと滞在するのもおすすめです。ホテルは鉄道の駅前やバスターミナル近くに集中していて便利で、値段もリスボンやポルトよりリーズナブルなところが多いです。

アヴェイロの特集はこちらから→ 水の都アヴェイロ!運河と塩田に囲まれた色彩豊かな街を巡ろう

※夜間の中心部(バイシャのサンタクルース教会近くの路地裏など)は人通りが少なくなるので、1人で歩くのはあまりおすすめできません。レストランやショッピングモールにはタクシーで向かうのが安全です。

コインブラの見どころ

卒業生の一大イベント ケイマダス・フィッタス (コインブラ大学)

コインブラ大学は、国王ドン・ディニスによって1290年創設されました。

創設当初は、名前に「コインブラ」と付きながらリスボンに置かれ、13〜14世紀の間には、所在をコインブラと行ったり来たりしていましたが、1537年に恒久的にコインブラに置かれることになりました。

現在、世界遺産になっている旧大学(ジョアン五世図書館やシンボルの時計塔があるエリア)の部分は、元々はジョアン三世が譲った宮殿でした。(大航海時代を牽引したマヌエル一世の息子で、敬虔なキリスト教徒であった王)

国内最古で最大の学生協会「アソシアサォン・アカデーミカ・デ・コインブラ(Associação Académica de Coimbra)」が1887年に創設され、大学周辺には「レプブリカ(República)」と呼ばれる学生寮が点在しています。(一部は今でも学生の下宿として利用されています。)

また、全学生の約10%は70カ国からの外国人留学生という、ポルトガルで一番の国際的な大学としても知られています。

街中では、映画「ハリーポッター」のワンシーンを思わせる伝統の黒いマントを羽織った学生とすれ違ったり、タンバリンやファドギター片手に歌って踊る学生を見かけたり、1年を通して大学に関係するイベントに出会えます。

中でも5月の卒業シーズンに行われる「ケイマ・ダス・フィッタス(Queima das fitas、直訳すると「リボンを焼くお祭り」)」は、国内外から見物客が集まる有名な卒業セレモニーです。

このお祭りでは、下級生たちや保護者も一緒になって盛大に送り出します。卒業を控えた最高学年の学生自身にとっては大学生活を思い返す感慨深いイベントで、毎年5月に約1週間かけて「コルテージョ(Cortejo、手作りの山車のパレード)」、「ガーラ(Gala、ダンスパーティー)」など街の至る所でお祭り騒ぎ。この時期は、大学周辺の路地の奥まで学生やそれを見学する観光客でいっぱいになります。

その中でも一番感動的なイベントは「セレナータ(Serenata monumental)」です。夜遅くに旧カテドラル(Sé Velha)前の広場で、学生たちが寄り添って「お別れのバラード(A Balada da despedida)」を涙ながらに大合唱します。

リスボンのファドは主に女性が歌いますが、コインブラでは男性(特に男子学生)がメインに歌うことがほとんどで、その哀愁ある美しい声は学生ではない観光客の私たちの心にも響きます。

聞く人の涙を誘う歌声です↓

Balada de Despedida do 5º Ano Jurídico 88/89 – Queima das Fitas Coimbra 2013

(コインブラ・チャンネル公式Youtubeより)

この「ケイマ・ダス・フィッタス」はその名前の通り、お祭りのフィナーレにはリボンを焼きます。この伝統は、1896年にコインブラ大学で始まったとされ、今ではポルトガル全国の大学で行われています。(内容は若干異なりますが、コインブラでは発祥の地というだけあって、伝統にのっとったイベントが数多く行われています。)

なぜ、リボンを焼くのでしょうか?

コインブラ大学には8つの学部があり、それぞれに決まったシンボルカラーがあります。(文学部は濃紺、法学部は赤など。)

それぞれの色のリボンを授業の教科書などを入れるパスタ(Pasta=クラッチバッグのような入れ物で、コインブラ大学ではリュックなどではなく、これを片手にスマートに歩く学生を見かけることが多いです。)に付けているのです。

その学生生活を共にしたリボンを焼くことは、学生生活の終わりを象徴するとされている為、この儀式がお祭りの名前の由来となったそうです。

旧大学エリアは法学部があり、現在でも学生が行き来していますが、観光客向けの見学コースも整備されています。

詳細はこちらの記事をどうぞ→ まるで映画の世界!世界遺産コインブラ大学・アルタとソフィア 

旧大学エリアでご紹介したいのが、コインブラ大学のシンボル的存在の「時計塔(Torre da Universidade de Coimbra)」です。

1728年に建てられ、学生たちから「カブラ(Cabra=ヤギ)」という愛称で親しまれています。昔、この鐘の音で朝早く学生たちを目覚めさせていたことが由来となっているそうです。(当時、時計は珍しく、大抵はヤギなどの鳴き声で目覚めていたからだそうです。)

時計塔はここ数年で整備され、一番上まで上がれるようになりました。時計塔の上からは、広場をまるで豆粒のような人々が歩く様子やコインブラ郊外の町々が見渡せます。

ただ階段が狭く、螺旋状にずっと続くので目が回りそうです。高いところや狭いところが苦手な方や体力に自信のない方は、無理はしないで下さい。

時計塔前の広場の先には見晴らし台があるので、晴れた日に川面がキラキラと美しいモンデゴ川や丘にひしめく家並みの景色を堪能できます。

旧大学の見学コースを一通り回った後は、せっかくなので、礼拝堂近くの軽食もできるカフェで一休みしましょう。夏の暑い時期には、冷たいペットボトルの水を販売しているので、見学前に購入するのがベターです。(広場は太陽の照り返しがすごいです。)

鉄門を出てすぐ左側にある文学部(Faculdade de Letras)の3階にも隠れ家的で、教授や学生も利用するカフェがあるので、学生気分を味わいたい方は是非トライしてみてください。

旧大学の鉄門を抜けると、各学部の建物が並ぶ大きな通りに出ます。

少し進むと、「コインブラ大学の父」とも呼ばれる創設者の国王ドン・ディニスの像が中央にある広場に出ます。広場を通り過ぎた先には、食堂や大学エリアの中心広場「レプブリカ広場(Praça da República)」に通ずるコインブラ大学名物の急な階段「エスカダリーア・モヌメンタル(Escadaria Monumental)」を降りなければなりません。125段もある階段につまずいた回数だけ、単位を落とすという言い伝えがあるそうで、学生たちは慎重に上り下りしています。(言い伝えに関係なく、単純に落ちそうで怖いからだとも言えます…)

階段を降りずに右側のなだらかな坂を下りると、今度は立派なローマの水道橋が現れます。すぐ近くのコインブラ大学付属の植物園から眺めると、エキゾチックな植物と相まってローマ時代にタイムスリップした気分に。

大学エリアは、ちょっとしたテーマパークを訪れたようでワクワクします。

新カテドラル(大聖堂)

コインブラ大学の文学部と薬学部(Faculdade de Medicina)の間の通りを抜けたところにカテドラル(Sé=大聖堂)があります。新と付くのは、もうひとつ近くに旧カテドラルがあるからです。

※旧カテドラルはロマネスク様式で、イスラム支配時代の影響で教会というより厚い壁で覆われた要塞のような造りとなっています。敵の侵入を防ぐ為、入り口や窓の造りが小さくなっているのもこの様式の特徴のひとつです。イスラム支配時代の教会で唯一生き残った貴重な文化財でもあります。

新カテドラル(セ・ノーヴァ、Sé Nova)は、聖職者育成の為の神学校として1698年に建設されました。白壁に四聖人の像が彫られた見事なバロック様式の美しいファサード(建物を正面から見た外観部分)が存在感を放っています。中には、荘厳な金泥細工の祭壇と両端に広い回廊があります。

ベルナルドが眠っています(手前の床部分)

その回廊の途中にひっそりと、名前も何も彫られていない石棺が床に埋め込まれています。

そこには、日本人で初めてヨーロッパに渡ったとされる留学生ベルナルド(Bernardoという洗礼名しか記録に残っていません。)が眠っています。

鹿児島出身で、フランシスコ・ザビエルから最初に洗礼を受けた日本人として、途中インドまでザビエルに仕えていました。

「クワトロ・ラガッツィ」として有名な天正遣欧使節よりも先の1553年にリスボンに到着した彼は、イエズス会に入ることを決意し、コインブラ大学で学んでいました。

コインブラの修道院で過ごし、ローマ教皇への謁見も叶いますが、積年の疲れがたたって体調を崩し、1557年にリスボンで亡くなります。ヨーロッパの生活やキリスト教について日本に伝える役目は果たせませんでしたが、彼の深い信仰心にイエズス会士はとても感銘を受けたと言われています。

どのような経緯でコインブラに葬られたのかは定かではなく、このことはあまり多くの人に知られているわけではいないのですが、日本人が祀られていることを知る地元の人もいて、意外なところで日本とのつながりを感じられる場所となっています。

中心部 バイシャ

大学のあるアルタからバイシャに向かうルートはいくつかありますが、その通りの名前がユニークな「ケブラ・コスタス(Quebra Costas)」がおすすめです。

実は「腰を痛める」という意味がつくほど、登るのも降りるのもハードな階段がある通りなんです。文学部裏側の路地を下ると、旧カテドラルのある広場に出るのですが、その先からバイシャのメインストリートまで幅の狭い急な階段が続きます。

ただ、つらいばかりではないのでご安心を。階段の両側には小さなお土産屋さんやセレクトショップが何軒もあって、階段の終わりには美味しいジェラート店や日本にも輸入され始めたポルトガル発のショコラトリー「ショコラタリーア エクアドール(Chocolataria Equador)」のコインブラ店もあるので、疲れも一気に飛んでしまいます。

通りの途中の壁面には、コインブラ大学で哲学を専攻する傍ら、アフリカでの植民地戦争や独裁政権などへの反体制運動に関わったアヴェイロ出身のフォーク歌手「ジョゼ・アフォンソ(José Afonso、1929-1987)」を偲んで作られた肖像画タイルが飾られています。

メインストリートからケブラ・コスタスに入る入り口には、イスラム支配時代の面影を残す「アルメディーナ門(Torre e Arco de Almedina)」があります。バイシャから大学に向かう際には、かつての城壁に囲まれた中世の雰囲気漂うシンボリックな門として観光客の撮影スポットになっています。

バイシャのメインストリートは街の表玄関「ポルタージェン広場(Largo da Portagem)」から初代国王アフォンソ・エンリケスの眠る「サンタ・クルース教会(Igreja de Santa Cruz)」や市庁舎のある「5月8日広場(Praça 8 de Maio)」までを貫く「フェレイラ・ボルジェス通り(Rua Fereira Borges)」です。

ポルタージェン広場にはオープンカフェがいくつもあり、テラスではコーヒーやビールを飲む人々で賑わいます。その中でも、1955年創業の老舗菓子店「パステラリーア・ブリオーザ(Pastelaria Briosa)」では、コインブラや周辺のさまざまな伝統菓子や修道院菓子を楽しむことができます。

ショーケースには日本の金平糖も飾られています。(日本人観光客に金平糖がないか聞かれることが多かったので、お土産用に作り始めたそうです。金平糖はポルトガル語で糖菓やボンボンを意味する「コンフェイト(Confeito)」から来ていると言われているからです。)

お土産屋さんや地元の特産品や工芸品を取り扱うセレクトショップが並ぶ通りの奥に、コインブラの顔とも言える「サンタ・クルース教会(Igreja de Santa Cruz)」があります。

すぐ横の「カフェ・サンタ・クルース(Café Santa Cruz)」では、不定期にファド・コンサートが開かれています。チャージ制ではなく、喫茶をしながらでもOKなので気軽に聞くことができますよ。外観も内観もシックでとても落ち着く雰囲気です。

教会とカフェに面した5月8日広場は小さな広場ではありますが、冬には焼き栗の露店が趣あるこじんまりとした可愛らしい場所です。噴水の周りのベンチには観光客や地元の人が腰掛け、周りには16〜17世紀の古い建物が密集しています。

広場からはいくつもの路地へと続く小道があって、小さな土産店や老舗のリネンや靴を取り揃えるお店が並びます。明るい時間は人通りも多いので、迷路のような昔ながらの路地裏を散策してみるのも面白いかもしれません。(夜間は立ち入らないようにしましょう。)

モンデゴ川とパルケ・ヴェルデ(緑の公園)

街を流れるモンデゴ川に架かる「サンタ・クララ橋(Ponte Santa Clara)」もまたコインブラのランドマークです。この橋の上から、大学のある丘を振り返ると絵になる景色なんです。

ポルタージェン広場目の前と対岸に広がるのがパルケ・ヴェルデ(Parque Verde)です。

その名も「緑の公園」という意味で、中心部のど真ん中にありながら緑豊かで、川辺には並木道が続き、趣あるアズレージョタイルのベンチがひっそりと置かれ、四季を通して訪れる人を癒してくれます。

数年前の洪水で一時休業していたカフェの並ぶドックエリア(Docas do Rio Mondego)が2022年にようやく再整備され、ポルトガルでも流行しているブラジルのスーパーフルーツアサイーボウルやコーヒーなど軽食ができるお店が並んでいます。

モンデゴ川の雄大な流れを目の前にして時を忘れて過ごせます。

パルケ・ヴェルデでは毎年6月に、屋外の本市や工芸品が並ぶ手作り市が開催されます。ポルトガルの夏は夜10時頃まで明るく、軽食の取れる屋台も出るので夜遅くまで楽しめるイベントです。そのシンボルキャラクターとなっているのが「緑のクマ(Urso Verde)」で、およそ4メートルほどの巨大なマスコットです。イベント以外の時は子供たちの遊び場になっています。

サンタ・クララ橋に並行して架かる歩道専用の「ペドロとイネス橋」、通称「恋人橋」も隠れた人気スポットです。橋のたもとに置かれた石のベンチに腰かけて告白するカップルも多いのだとか。

(橋の名の由来は、後述の「キンタ・ダス・ラグリマス」ご参照ください。)

誰もがのんびりできる憩いの場で、街の喧騒が嘘のように静かな空間です。

ポルトガル・ドス・ペケニートス(ミニ・ポルトガル)

コインブラ大学もミニサイズに!

ポルタージェン(右岸)と対岸を結んだサンタ・クララ橋を渡ってすぐのところに「ポルトガル・ドス・ペケニートス(Portugal dos Pequenitos、通称”ミニ・ポルトガル”)」があります。

ポルトガル各地の名所や世界遺産などが、ミニサイズになって展示されているテーマパークです。

こちらの施設は、コインブラ大学医学部の教授であり、1933年から1974年まで独裁体制を貫いたポルトガルの首相「アントニオ・オリヴェイラ・デ・サラザール(António Oliveira de Salazar, 1889-1970)」の良き友人で一番の理解者だっとされる「ビサヤ・バレット(Bissaya Barreto, 1886-1974)」によって考案され、ポルトガル近代建築の巨匠「カシアーノ・ブランコ(Cassiano Branco, 1879-1970)」によって建てられました。

ビサヤは社会的に恵まれない人々の支援に力を入れ、国家の社会的、文化的事業の一環としてポルトガル初のテーマパークを着想し、1940年6月にオープンさせました。

一方で当時、ポルトガルがヨーロッパで唯一植民地主義を貫いていた時代背景(植民地支配を正当化する)が大きく影響しているとも言われます。

オープン以来、まずはポルトガル国内の地方ごとに特色のある民家の建設からはじめ、続いてポルトガルの主要なモニュメント(トマールのキリスト修道院やリスボンのジェロニモス修道院など)、最後はポルトガル植民地時代のアフリカ(モザンビーク、アンゴラ、カーボ・ヴェルデ、サントメ・プリンシペ、ギネビ・サウ)やアジア(インド、マカオ、東ティモール)でポルトガル人が築いたモニュメントを中心に、段階的に増やしていきました。

公園内には民族衣装や工芸品など貴重な資料を展示するミュージアムも併設しており、子どもから大人まで楽しめます。園内を一周すれば、ポルトガルの北から南までちょっとした旅行気分が味わえる上、ポルトガルが歩んできた歴史を学ぶことができます。

「でも、結局はミニチュアでしょ?」なんて侮れないクオリティで、細部まで忠実に再現されています。
ポルトガルの可愛らしい家々のミニチュアの前では、大人もつい写真を撮りたくなります。

コインブラでしか味わえない”ミニ・ポルトガル”をぜひ体験してみては?

【施設情報】ポルトガル・ドス・ペケニートス(Portugal dos Pequenitos)

住所:Largo do Rossio, Santa Clara, Coimbra
営業時間:10:00~19:00(但し、10:00~17:00)※クリスマス(12/25)のみ休園
料金:4歳~64歳 14ユーロ(3歳以下無料)

 ※年齢によって金額が変わるので、詳細はこちらから→料金表

公式HP:ポルトガル・ドス・ペケニートス

キンタ・ダス・ラグリマス(涙の館)~ペドロとイネスの悲恋の地~

ポルトガルで、おそらく最も有名な物語の地となった「キンタ・ダス・ラグリマス(Quinta das Lágrimas)」は、モンデゴ川左岸の豊かな緑に囲まれた5つ星ホテルです。

(先ほどご紹介した「ポルトガル・ドス・ペケニートス」の近くにあります。)

まずは、この場所にまつわる物語の概要からご紹介したいと思います。

-14世紀、時の国王「アフォンソ四世(Afonso IV)」の王位継承者「ドン・ペドロ(D. Pedro、後のペドロ一世)」は、隣国カスティーリャ(かつてイベリア半島中央部にあった王国、現・スペイン)の「コンスタンサ(Constanza Manuel de Castilla)」と結婚しますが、その女官として仕えていた「イネス・デ・カストロ(Inês de Castro)」の美貌に一目ぼれし、恋に落ちてしまいます。

コンスタンサとの間に後の国王「フェルナンド一世(Fernando I)」が生まれますが、2人の結婚生活は冷え切ったもので、数年後に彼女は病死してしまいます。

この機会を待っていたと言わんばかりに、ペドロとイネスはお互いを愛し合う関係になるのですが、ペドロがローマ教皇に2人の結婚を正式に申し出たことで暗雲が立ち込めます。

イネスの父がカスティーリャの宮廷で最有力貴族の1人であったため、ポルトガル王室にも次第に影響力を強めていきました。

婚姻となればポルトガルの破滅につながりかねないと危惧したアフォンソ四世とその家臣たちによって、不幸にも命乞いの甲斐なくイネスは斬首刑に処せられてしまいます。

怒りと悲しみに暮れるペドロは、イネスの処刑から2年後に王位につき、イネスを正式な王妃であると宣言しました。殺害に関係した家臣たちを剣で心臓をえぐるほど残忍な方法で処刑してしまいます。(その冷酷さから後に「残酷王」と呼ばれるようになります。)

ペドロの狂気に満ちた行動はこれだけにとどまらず、イネスの棺を掘り起こし、遺骸に豪華な衣装を身に付けさせ、盛大な戴冠式を行います。さらには、家臣たちにイネスの手に接吻するよう命じたというのです。

(一社)日本ポルトガル協会作成のビデオでは、素敵なイラストとナレーションでより詳しく物語を知ることができます。

「ペドロとイネスの物語」ポルトガル民話絵本シリーズ1

(日本ポルトガル協会公式Youtubeチャンネルより)

ホテル正面を描いた水彩画

とてもドラマチックな展開でしたね。

ここからは、実際に物語の舞台を訪ねていきましょう。

通りに面した重厚な門をくぐった奥がホテルで、その裏側に舞台となった2つの噴水がある広い円形広場があります。

ペドロとイネスが愛を育み、2人の間に生まれた4人の子と束の間の幸せな日々を送ったとされる「愛の泉(Fonte dos Amores)」にはロマンチックな出窓が残っており、撮影スポットになっています。

一方で「涙の泉(Fonte das lágrimas)」には、湧き水の底にイネスの血痕とされる跡が残っており、イネスが家臣たちに殺される直前まで命乞いをしたという悲劇の場所です。

2人の棺はペドロの命で、現在も世界遺産の「アルコバッサ修道院(Mosteiro de Alcobaça)」に向かい合うようにして安置されています。(生まれ変わった時、お互いが起き上がって、まず一番最初に出会えるようにしたかったからと言われています。)

この物語は、当時のポルトガルとカスティーリャ王国との対立によるイネスの陰謀を疑う民衆的思想から生まれたのではないか、あるいはポルトガルの偉大な詩人ルイス・デ・カモインス(Luís Vaz Camões)の叙事詩「ウズ・ルジーアダス(Os Lusíadas)」での詩的表現や18世紀以降の世俗的な趣向に合わせた読み物として描かれたのではないかと言われています。

元々農園だった敷地は、19世紀の度重なる改修で少し複雑な形となってしまい、今でも入り口から泉まで道が入り組んでいるので、ホテルのロビーでマップをもらうのがベターです。

ホテル内の廊下には、ホテルやコインブラの景色などを描いた絵画が飾られていて、シックな雰囲気。レストランや喫茶室があります。

緑がうっそうとしていて、ちょっと寒気がするような、純粋にロマンチックなような不思議な場所です。

※宿泊しなくても見学できます。

【ここに来たらはずせない!】おすすめのグルメ&お土産

コインブラに来たらはずせない名物を紹介します。

まず1つ目は、クラフトビールが楽しめるビアレストランをご紹介します。

ポルトガルの代表的なビールといえば、「スーペルボック(Super Bock)」や「サグレス(Sagres)」が有名です。リスボンはじめ、ポルトガル全国のカフェのテラスでは、夏の日差しの下、ポルトガル人も観光客もビール片手に楽しんでいる光景がよく見られます。

一部日本にも輸入されているので、ポルトガル料理店やリカーショップなどで見かけたことがあるかもしれません。

実はコインブラには、ポルトガルで最初に出来たクラフトビール醸造所があるんです。

それが「プラクシス(Praxis)」です。併設する直営のレストランとコインブラの一部のレストランでしか取り扱っていないレアなビールです。

レストランは大学がある丘とは反対側のキンタ・ダス・ラグリマスの近くにあります。緑に囲まれた開放的な空間で、老若男女、カップルも家族連れでも楽しめるビアホールは、美味しいビールと料理に舌鼓を打つ人々で賑わっています。

定番のピルスナーや黒ビールから、シトラスビールやオリジナルビールまで豊富なラインナップ。それぞれの味を少しずつ楽しめる飲み比べセットが人気です。コインブラ近郊のバイラーダ地方のワインやポルトの名物フランセジーニャ(ステーキやハムをパンで挟んでチーズと特製ソースで仕上げたB級グルメ)などビールに合うおつまみもたくさん取り揃えています。

せっかくコインブラに来たのなら、ここでしか味わえない地ビールとポルトガルの酒場グルメを堪能してみては。ビールは販売もしているので、お土産にもGood!

【店舗情報】プラクシス(Praxis)

住所:Urbanização Quinta da Várzea, Lote 29, Santa Clara, Coimbra 
営業時間:11:00~22:00
定休日:なし

続いては、コインブラが一望できるテラス付きのカフェをご紹介します。

ポルタージェン広場向かって右にある、大学へと続く狭くて急な坂をちょっと登ったところにある隠れ家的カフェ「パッサポルテ(Passaporte、パスポートという意味)」。

お店は「コインブラで一番美しい夕日が見られる場所」がキャッチフレーズなだけあって、元々コインブラ大学の教授の邸宅だったという歴史あるテラスからは、オレンジ色の夕日に照らされたモンデゴ川とコインブラの街並みが見事に眺められます。

「訪れる人が必ずまた立ち寄りたくなるような場所」をコンセプトに、アイデアにあふれた美味しい食事を提供するレストランフロアや開放的なテラスで楽しめる豊富なカフェメニューを提供するスタイリッシュな雰囲気が魅力です。夜はBarにもなるので、コインブラの夜景をバックに一段とムーディーな雰囲気に。

古い建物と新しい発想の料理が上手く調和していて、いつまでもいたくなる心地よい空間です。

【店舗情報】パッサポルテ(Passaporte)

住所:Couraça Estrela 13, Coimbra
営業時間:レストラン 12:45~15:00、19:30~23:00
バー 16:00~24:00(月、木、日)16:00~26:00(金、土)
定休日:火曜日、水曜日

HP:パッサポルテ

※コロナの影響で営業時間が異なる場合があります。

スポットマップ

まとめ

「コインブラ=大学都市」のイメージが強かった方も、今回の記事で少し印象が変わったのではないでしょうか。もちろん大学はコインブラ観光の王道コースではありますが、街中に突如現れるローマ帝国時代の遺跡から、イスラム支配時代の歴史的に貴重な教会や修道院まで見られるとは想像がつきませんよね。

コインブラは、コインブラ大学の伝統と誇りに裏付けられた威厳ある雰囲気があって、まるで街全体が大学や博物館のようなアカデミックな街です。

しかし同時に、下町の雰囲気残るバイシャで地元の人々の日常を垣間見たり、アパートから聞こえる学生の楽しそうな声を聞いたりすると、この国内外からさまざまな人々が集まる街は、来る人を拒まず受け入れてくれる優しさと温かさで包まれていると実感します。

さらに、美しいモンデゴ川と緑に囲まれたのどかな景色は、訪れる人を幸福感で満たしてくれます。

次回も引き続き、まだまだあるコインブラの魅力的なスポットをご紹介したいと思います。

そして、今度はコインブラ近郊の街にも少し足をのばしてみたいと思いますので、

お楽しみに♪

※各施設・店舗の情報は2022年5月の情報です。今後変わる可能性がありますので、最新の情報は公式HPなどでご確認ください。

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