「ファド」は、一言でいうとポルトガルの民族歌謡のこと。今でもリスボンの下町を中心に夜になると聞こえてくるファドは、 ポルトガル旅行時に体験したいコトのひとつにもなっています。なんとなく聞いたことはあっても、詳しくはよく知らない…そんなあなたに、ファドの楽しみ方と、有名歌手をご紹介します!
ファドってなに?
ポルトガル人が愛するものを示す言葉として、よく「3つのF」という表現がされます。この3つのFとは、Futebol(サッカー)、Fátima(キリスト教の聖地ファティマ)、そしてこれから紹介する音楽のFado(ファド)。ポルトガル人にとって大切な存在で、ポルトガル文化を語るうえでも欠かせないのが、ファドなのです。「運命・宿命」を意味するファドは、情感たっぷりに力強い歌い方をすることから、しばしば「日本の演歌のような音楽」とも表現されます。
ファドを語る際のキーワードが、ポルトガル人特有の概念「サウダーデ(郷愁)」です。かつて大航海時代で世界をリードし、植民地からの富で栄えたポルトガル。そんな過去の繁栄からの衰退、航海へと旅立つ大切な人との別離から生まれた感情「サウダーデ」が表現されたファドは、ポルトガルの魂・感情が詰まっている音楽ともいえるでしょう。
ポルトガルにおけるファドの歴史は意外に浅く、19世紀にリスボンの下町で現れたのが始まりとされています。その起源は、かつてポルトガル植民地であったブラジルで働かされていた、アフリカ人奴隷が歌っていた音楽でした。身分の低い労働者が歌った哀愁に満ちた音楽が、海を越えてポルトガルに伝わったのです。
リスボンの路地裏の酒場を中心に歌われるようになった初期のファドは、植民地からやってきた貧しい人々や、船員などの労働者や芸術家などの身分が低い人々に愛されます。ファドは、彼らの不条理な人生の憂鬱を分かち合うための手段でもあったのです。
しかしそのファドの歌い手(ファディスタ)のなかから、ポルトガル国内、ひいては世界的にも有名な歌手が生まれ、ファドという音楽も広く知られるようになりました。さらに2011年、ファドはユネスコにより無形文化世界遺産に認定をされ、文化の継承に向けた動きも高まっています。
今ではポルトガル観光において、ファド鑑賞は見どころのひとつにもなっています。ポルトガルの夜の雰囲気にしっぽりと響くファドの歌声と音色は、旅の思い出をよりいっそう味わい深いものにしてくれるでしょう。
ファドの豆知識
ポルトガルでファド鑑賞をするときには、ちょっとした豆知識があればよりファドを楽しむことができそうですね。また、今はYouTubeなどでもさまざまな動画を見ることができるので、家にいながらファド鑑賞だってできてしまいます。
ここからは、ファドをもっと楽しむための、3つの知識をお伝えします!
ファドの演奏者
ファドを構成するのは、歌い手のファディスタ(Fadista)と、演奏者のギターラ(Guitarra)、ビオラ(Viora)の計3名。一般的に、女性のファディスタは黒いショールを羽織って、そして男性のファディスタはジャケットのポケットに片手を入れて歌います。
ギターラが使用するのは、コロンとしたフォルムが特徴的なポルトガルギター。このポルトガルギターの音色が、夜の酒場や外灯の光に包まれた路地裏にしみ込み、情緒をよりいっそう高めてくれます。
リスボンとコインブラの違い
ポルトガルのファドには、大きく分けて2種類が存在します。ひとつが、ファドの始まりの地でもあるリスボンのファド、そしてもうひとつが学生都市コインブラのファドです。
すでに紹介した3名構成のファドはリスボン方式で、哀愁感漂う大人の雰囲気が特徴です。一方のコインブラは学生都市らしく、ファドの歌い手の多くは黒いマントを羽織ったコインブラ大学の現役男子学生とその卒業生。男子学生が女子学生に恋心を伝えるために生まれたと言われており、複数人の男性で歌いあげるコインブラのファドは、リスボンのファドと比べると明るい曲調が特徴です。また、ポルトガルギターもそれぞれの曲調に合わせて少し音質が異なります。
もうひとつの違いがお客さんの反応の仕方です。演奏者への称賛を表す際に、リスボンのファドは拍手で、コインブラのファドは咳払いで盛り上げるのが伝統となっています。今では観光客も増えてコインブラファドでの拍手も一般的ですが、咳払いが聞こえたら、それは演奏者への称賛の印であることを思い出してみてくださいね。
有名なファディスタ
リスボンの酒場でひそかに歌い継がれたファドも、今や数多くの有名なファディスタを抱える、ポルトガルの一大音楽ジャンルになりました。ここでは、ポルトガルのファドシーンで欠かせない4名のファディスタをご紹介します。おすすめの音楽動画も併せて紹介するので、試しに聞いてみてくださいね。
アマリア・ロドリゲス(Amália Rodrigues)
「ポルトガルのファドの女王」とも称されるアマリア・ロドリゲス。世界にファドの名を広めた、ポルトガルのファド界に欠かせない存在です。日本へも大阪万博時に初めて来日、その後も複数回来日しています。1999年に79歳で死去した際には、ポルトガル全土が3日間の喪に服しました。現在、アマリアはエンリケ航海王子やヴァスコ・ダ・ガマらとともに、国民的英雄10人の一人とされています。
『Barco Negro(黒いはしけ)』
アマリア・ロドリゲス 公式アーティストチャンネル「Amália Rodrigues Official」
カルロス・ド・カルモ(Carlos do Carmo)
「ファディスタの大御所」とも称されるのが、男性ファディスタのカルロス・ド・カルモです。ファディスタだった母親の仕事を手伝いながら自身も歌い始め、若干20代後半にしてレコードデビュー。60年以上に渡りファドの発展に寄与し、2021年1月1日に亡くなりました。近年は若手ファディスタとのデュエットアルバムを発表するなど、現代ファドへの道しるべを示した父親のような存在でもあります。
『Lisboa Menina e Moça』
カルロス・ド・カルモ 公式アーティストチャンネル「Carlos Do Carmo」
マリーザ(Mariza)
ファド新世代の女性シンガーとして、アマリア・ロドリゲスの後継者とも称されるのがマリーザです。モザンビーク生まれの彼女は、生まれてすぐにポルトガルへ移住。わずか5歳のときから、両親の経営するレストランでファドを歌っていたと伝えられます。パワフルで美しい歌声は、ポルトガル語で意味は分からなくても、思わず聴き入ってしまうような迫力です。
『O gente da minha terra』
アントニオ・ザンブージョ(António Zambujo)
新世代のファドを代表するファディスタのひとり。ポルトガル南部のベージャで生まれ、16歳のときに地元のファドコンテストで優勝、その後リスボンでの活動を経て2002年にデビューします。アントニオ・ザンブージョの歌は、ファドをベースに、ボサノヴァを始めとするさまざまな音楽ジャンルと融合させていることが特徴です。ファドがもつ独特の味わいと、ブラジルのおおらかな雰囲気の音楽、アフリカや中南米の音楽、ジャズなどの要素を織り交ぜた独自のスタイルに、ファドの新しい楽しみ方を魅せてくれる歌手です。
『Pica do 7』
アントニオ・ザンブージョ 公式アーティストチャンネル(António Zambujo)
カーザ・デ・ファド(ファドハウス)に行ってみよう!
カーザ・デ・ファドとは、レストラン・酒場・ライブハウスの要素が合わさった、ファドが楽しめる空間のこと。リスボンの下町アルファマ地区やバイロ・アルトに数多くあります。地元の人々に愛されるファドハウスでは、店先にまで人があふれかえり、ワインを片手に立ちながら、暗い店内からこぼれ出る歌声に耳を傾ける光景が名物です。飛び入り参加や、お客さんも総参加での合唱が生まれることもあり、ポルトガルの夜に欠かせないエンターテイメント空間です。
一口にファドハウスと言っても、そのタイプはさまざま。コースディナーをいただきながらファドを楽しむパターンから、ドリンクを片手にバー感覚でファドに浸るパターンもあるので、お好みに合ったカーザ・デ・ファドを見つけてくださいね。
一般的に、ファドの演奏が始まるのは21~22時と、私たちの感覚からするとやや遅めです。何度か休憩を挟み、日が変わる時間や、長い場合は深夜まで続くこともあります。もちろん途中で退店することも可能ですが、いずれにしろ帰宅時間は遅くなると考えておきましょう。カーザ・デ・ファドのあるエリアは、夜は人気の少ないことがほとんど。安全面を考えて、タクシーを手配するなどの手段を確保しておくと安心です。
ファドをもっと知る
ファドの本場リスボンには、ファドのことがもっと知れる、もっと好きになれる「ファド博物館」があります。ファドに親しむ人々を描いた絵画から、歴史的なファディスタの紹介、ポルトガルギターの展示やオーディオルームまで、ファドにまつわるコンテンツが充実。この博物館でファドの魅力をまた再確認できるのではないでしょうか。
ファド博物館(Museu do Fado)
住所:Largo do Chafariz de Dentro, N.º 1, 1100-139 Lisboa
営業時間: 10:00~18:00(土日祝日は13:00まで)
休館日:1/1・5/1・12/24・12/25・12/31
入場料: 5€
HP: ファド博物館
まとめ
初めて聞いたのに、どこか懐かしさを覚えるポルトガル音楽のファド。郷愁・哀しみの感情に満ちた曲調のものから、日常の何気ない出来事を歌った陽気なものもあります。家にいながら、ファドを通じてポルトガルの雰囲気に浸ってみるのもおすすめですよ。
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